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和と循環は、神様の計らいの中で育っていく

〜吉野ツアーで受け取った、日本の原風景〜

 

吉野ツアーから帰ってきました。

 

少し疲れも出ましたが、
その疲れが抜けてきた今、
改めて、今回の旅で受け取ったものの大きさを感じています。

 

今回の吉野ツアーは、
当初思っていたように人数が集まったツアーではありませんでした。

 

でも今、はっきりと思います。

 

人数が集まらなかったことさえ、
神様の計らいだったのだと。

 

一緒にツアーを企画し、受け入れてくれたまちこさんが、
こんなことを言ってくれました。

 

「人数が集まらなかったのは、神の計らい
大人数を受け入れる体制が、まだできていなかった。
間に合わなかったから……

 

その言葉を聞いて、
本当にそうだなぁと思いました。

 

もし大人数で行っていたら、
きっと今回のように、
その土地の日常の中に深く入らせてもらうことはできなかったと思います。

 

私一人だったからこそ、
現地のご家族の中に、
まるで家族のように混ぜていただくことができました。

 

価値ある日常生活

ちょうど吉野では、お田植え祭の時期でした。

 

多くの田んぼで田植えが行われ、
私が関わらせていただいた現地のご家族も、
遠くに住んでいるご家族まで集まり、
みんなで田んぼに向かっていました。

 

田んぼを囲み、
家族が集まり、
手を動かし、
命のめぐりに触れる。

 

そこには、派手な演出も、特別な言葉もありません。

 

けれど私は、
その日常の中に、
とても大きな価値を感じました。

 

価値ある日常生活。

 

ああ、日本の美しさは、
こういうところにあったのだと。

 

人と人がつながり、
人と土地がつながり、
人と命の営みがつながっている。

 

田んぼは、ただお米を作る場所ではなく、
家族が集まる場所であり、
地域がつながる場所であり、
命の循環を感じる場所でした。

 

私がずっと感じてきた
「和と循環」という世界は、
どこか遠くにある理想ではなく、
こうした暮らしの中に、
すでに息づいていたのです。

 

人の心の土壌にも触れる

そして不思議なことに、
ツアーに行ったはずなのに、
そこでもやっぱり私は、
人の心に触れる時間をいただきました。

 

まちこさんをはじめ、
出会ったお嫁さんたちの相談に乗るような時間もありました。

 

弥栄会でもいっぱい美味しいものを食べて

美味しいお酒を飲みながら

語り合いました。

 

ちょっとしたセッションもしました。

 

笑ってしまうけれど、
私はどこへ行っても、
やっぱり人の話を聴き、
その人の中にあるものに触れ、
心の土壌に関わっているのだなぁと思いました。

 

田んぼの土壌。
人の心の土壌。

 

その両方に触れた旅でした。

 

そして、旅の中で訪れた橿原神宮でも、
思いがけないご縁をいただきました。

 

 

田植えを行った日は午年・午月・午日・一粒万倍日が重なった最高な日。

田植えをして、みんなで外ご飯。まちこさんの手作りご飯を8人でいただきました

 

卵はまちこさんが経営している野澤養鶏場のもの。美味しくて高品質な卵を食べたい人に、超超超お勧め

日本の原点の地でのご縁

まちこさんが知っている宮司さんに偶然お会いし、
特別に、一般の方が入らない場所まで入れていただき、
拝ませていただくことができました。

 

お祓いまでしていただき、
本当にありがたい時間でした。

 

橿原は、日本の原点ともいえる地。

 

その地で祈ることができたこと。


そしてそこで、
来年四月に初めてのお餅つきをしようという話が、
まちこさんと宮司さんの間で自然に出てきたこと。

 

さらに、
「どうやればいい?」というまちこさんの課題に対して、


私が思わず、

「収穫祭の時に餅つきをしよう。
それが練習になるよ」

と提案したこと。

 

すると、その収穫祭の餅つきも、
もしかしたら企画する流れになるかもしれません。

 

田植えがあり、
稲が育ち、
収穫があり、
餅をつく。

 

そしてその流れが、
橿原の地での初餅つきへとつながっていく。

 

これは、ただのイベント企画ではありません。

 

祈りと暮らしがつながること。
田んぼと神社がつながること。
家族と地域と次世代がつながること。

 

まさに、和と循環そのものだと感じています。

 

橿原神宮と神武天皇陵

鳥肌が立つ偶然

さらに、今年の夏至、
世界中の原住民の長老たちが日本に集まってきていると聞きました。

 

そして、その流れの中で、
橿原でもイベントが行われるとのこと。

 

それを知った時、
私は鳥肌が立つような思いでした。

 

吉野で感じた和と循環。
橿原神宮でいただいたご縁。

田植えから収穫祭、餅つきへとつながる流れ。
そして世界中の祈りが、日本に、橿原に集まってくるという流れ。

 

なんだか、
すべてが静かに結ばれているように感じました。

 

もちろん、
これを大げさに語りたいわけではありません。

 

でも、私は感じています。

 

今、日本の中に眠っている大切なものが、
もう一度、目を覚まそうとしているのではないかと。

 

それは、特別な誰かだけのものではなく、
私たちの日常の中にあるもの。

 

田んぼを守ること。
家族が集まること。
食べ物に感謝すること。
土地に手を合わせること。
人の話を聴くこと。
互いを家族のように迎え合うこと。

 

そうした一つひとつの中に、
日本人が大切にしてきた
「和」と「循環」があるのだと思います。

 

今回の旅で、私は改めて思いました。

 

私がこれから伝えていきたいものは、
特別なメソッドや知識だけではない。

 

もっと根っこのところにある、
人が人として、
命として、
土地とつながり、
人とつながり、
自分自身とつながって生きる感覚。

 

それを、次の世代に遺していきたい。

 

田んぼの土壌が豊かであれば、
稲はすくすく育つように、
人の心の土壌が豊かであれば、
その人の夢も、人生も、自然に開いていく。

 

私はこれまで、
「傾愛力」という言葉で、
人を大事にし、元気にする力を伝えてきました。

 

でも今回の吉野で、
その傾愛力は、人と人の間だけではなく、


人と土地、
人と命、
人と神様との間にも流れているのだと感じました。

 

和と循環は、
人が無理に作るものではなく、
神様の計らいの中で、
必要な人と人が出会い、
必要なタイミングで種が蒔かれ、
暮らしの中から育っていくものなのかもしれません。

 

人数が集まらなかったツアー。

 

けれど、そこには、
大人数では決して受け取れなかった深いご縁がありました。

 

田んぼの中で、
家族のように迎えられ、
人の心に触れ、
橿原の地で祈り、
次の収穫祭と餅つきの種が蒔かれました。

 

今回の吉野ツアーは、
終わったのではなく、
ここから始まったのだと思います。

 

日本の原風景の中で、
和と循環の種が、
静かに芽を出し始めました。

 

私はその流れを、
これからも大切に感じ、
育てていきたいと思います。

 


【人を支える人のための

在り方講座」

 

吉野ツアーで受け取った熱い想いをも

語ります

 

あなたとのご縁をこちらでも感じていきたい。

 

ピンときたら、おいでやす♪